大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

秋田地方裁判所大館支部 昭和46年(ワ)84号 判決

原告

武田藤吉

原告

武田ミヨ

右原告両名の訴訟代理人

深見多喜三郎

被告

本間工務店こと

本間一二三

被告

吉原建設工業所こと

吉原喜蔵

右被告両名の訴訟代理人

金野繁

外二名

被告

株式会社愛工社

右代表者

有田弘

右訴訟代理人

菊本治男

外二名

主文

一、被告らは各自原告武田藤吉に対し金一三三万八、一七四円およびこれに対する昭和四五年七月一六日から完済まで年五分の割合による金員、原告武田ミヨに対し金一九一万四、七〇九円およびこれに対する右同日より完済まで右同率の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はすべて被告らの負担とする。

四、この裁判は原告ら勝訴部分に限り、原告武田藤吉において金一五万円、同武田ミヨにおいて金二〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一本件事故について

〈証拠〉によると、訴外武田政勝は原告請求原因(二)記載の日時場所においてバックホーを運転し左側斜面の土砂をカットし右側へ移動させつゝ進行し、鉄塔建設用資材運搬のための道路造成工事に従事中、その運転するバックホーとともに右側低地に転落し、一、二回転している中にバックホーの下敷きとなつて致命的重傷を負い間もなく右傷害により死亡したことが認められ、右認定に反する証拠はない(右事実は原告と被告吉原、同本間との間では争いがない)。

そこで、本件事故の態様およびその直接の原因について検討するに、〈証拠〉を総合すると、本件事故現場は、後記認定のとおり被告吉原が請負つた二つの鉄塔建設現場に至るべくもと開拓者が開いた狭い歩道を利用して、これを拡幅し、資材運搬用道路を造成中の最先端の場所であること、本件事故現場付近の既に拡幅された道路の幅は約2.6米でバックホー進行方向からいつて左に上る傾斜で右が谷側となつていて、その傾斜角度は約四〇度であり、道路の幅のうち山側カット部分が約1.3米余、カットによつて得た土地を盛り上げた逆三角形の谷側部分の底辺(道路表面)が約1.3米弱の幅となつて、谷側路肩は軟弱であつたこと、道路造成工事のしかたはまず助手役の訴外本間惣一郎が先に立木を伐採し、草を刈るなどバックホー運転の障害となる物をとり除き、同訴外本間がバックホーの後へまわつたのち、訴外政勝がバックホーで山側をカットしその土を谷側へ移して道幅を拡げるという方法を繰り返していたこと、事故時も同様の方法をとつていたが、たまたま行手に直径三〇センチの木の根株があつたので訴外政勝はこれを除去すべくバックホーを二、三度かなり速い速度で勢よく前後させながら根株に突当つているうちに根株が堀り起されたが、急にそれがバケットから外れ、そのまゝの状態では車体が山の斜面にもろに衝突するので、後方を確認せず、前進時と同じ強さにアクセルを踏んだまゝ、あわてゝ後退のレバーを入れたため急速に後退し、バケットを上げたままであつたので重心が後方にあり、前記のとおり路肩が軟弱であつたため、車体が谷側へずり落ちて転落したこと、本件事故の直接の原因は訴外政勝が運転操作を誤り、地形に対応した運転をなさなかつた点に存すること、助手役の訴外本間惣一郎は前記のように立木の伐採や草刈りなどをしてバックホーの運転の障害物を除去することや付近を点検することを主な役割として働かされていたもので、バックホーの運転を始終誘導するために派遣されていたものではなく、またそのような経験もなかつたこと、さらに訴外本間惣一郎は本件事故に際し誘導もせず、指示も与えていなかつたし、運転手の訴外政勝もこれを期待した運転をしていなかつたこと、それゆえ、訴外本間惣一郎は本件事故につき原因を与えた者ではなく同訴外人には何ら責任がないこと、が認められ〔る。〕〈反証排斥略〉

二被告本間の責任について

〈証拠〉によると、被告本間は本件事故時に訴外政勝および同本間惣一郎を雇傭し(被告本間が訴外政勝を雇傭した点は原告と被告本間および同吉原との間では争いがない)、本件事故現場で訴外政勝にバックホーの運転を命じ、訴外本間惣一郎にはその助手を命じ、助手の役割として前記認定のとおり立木伐採、草刈等を命じていたこと、訴外政勝はバックホーの運転がひととおりは出来たものの、被告吉原において本件事故二日前頃運転が粗雑であるので訴外政勝らに注意をしたことがあるくらいに未熟な運転技術であつたこと、が認められ被告本間本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照して措信しがたく他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実に前記認定の本件事故の態様、現場の状況等の事情を併わせ考えると、被告本間は使用者として使用人をして危険な山腹の斜面でバックホーを運転させ、狭い歩道しか存しないところで道路の拡幅工事に従事させるに際しては、その使用人の運転技能等の適格性を的確に把握し、これが不足であれば訓練するかまたは熟練者をして助言、誘導させる等の配慮をなすべき義務があるというべきである。被告本間はこの義務に違反し、運転技能の未熟な訴外政勝を山腹の危険な箇所である本件事故現場においてバックホーを運転させ、バックホー等重機の運転経験のない訴外本間惣一郎を助手役につけ、これに草刈り立木の伐採等の仕事をさせたにすぎなかつたことにより、前記認定の訴外政勝の運転ミスとあいまつて本件事故を惹起せしめたものといわなければならない。それゆえ、被告本間は民法七〇九条の不法行為責任を負うべきである。そして、右責任は前記認定のような訴外政勝に本件事故の直接の責任があるという事実によつて、免れうるものではない。

三被告吉原、同愛工社の責任について

原告が主位的に主張する被告本間が同吉原に、同被告が被告愛工社にそれぞれ雇傭されていたとの事実を証すべき証拠がないので、この点に関する予備的主張の成否について検討する。

被告愛工社が訴外東北電力工事株式会社から通称津軽線送電架設新設工事大館・矢立峠間を請負い、その工事中No.78ないしNo.94の送電用鉄塔建設を訴外針生に請負わせたことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉によると、訴外針生はMo.93、94の鉄塔基礎工事を被告吉原に請負わせ、同被告吉原は右鉄塔基礎工事に必要なブルドーザーによる資材運搬用道路の造成および骨材運搬を被告本間に請負わせたことが認められる(右事実は原告と被告吉原および同本間との間では争いがない)。

〈証拠〉を総合するとつぎの事実が認められる。被告愛工社は前記請負工事全域に近い大館市釈迦内に事務所を設け、係員約四名を常駐させ工事全区域について工程を管理し、事務所には針生班を含む諸班に請負わせている工事の鉄塔番号を区別した表示を備え、毎日各班の作業人員、車の台数を把握し、被告愛工社が命じていないことを下請負人がやつたときは注意し、事故が生じるとその手続をする関係にあり、工事現場には被告愛工社名入りの安全作業の標識を設置していた。被告愛工社の係員が被告本間の請負工事を含む全工程を本件事故前に数回見廻りをしていた。また直接の下請負人訴外針生も本件事故現場に事故前に二、三回監督のために見まわりをした。被告愛工社は本件請負工事を下請けに出すに当り、その下請人がさらに下請けに出すときに同被告の承諾を得るよう要求しており、現に訴外針生が被告吉原に下請けに出した際には、被告愛工社の係員が、被告吉原が過去に同種の仕事をしたことがあり、元請負人の指揮命令に服することを確かめたうえでその承諾を与えた。ただし、被告吉原が本件工事を被告本間に下請けさせるに際しては意識的にか無意識的にか被告愛工社の方針に反して同被告の承諾を得ていなかつた。他方、本件道路拡幅工事は一週間位を要する予定であり本件事故は着工後四日目に起つたものであるところ、被告吉原は自己の請負つた工事現場を見まわり、本件事故現場にも事故当日まで数回監督に訪れ、工程や安全につき注意を与え、被告本間およびその作業員は被告吉原の命に服していた。また運搬する骨材は被告吉原が提供することになつており、バックホーの使用についても同被告の承諾があつた。また、本件事故現場の道路拡幅工事は被告愛工社が予定した工事でなく、同被告としては既存のいわゆる人肩で運搬できる道を利用して資材を運搬する予定でいたところ、被告吉原が元請負人に無断で工事の進抄のためにブルドーザで運搬すべく道路拡幅をしていたものであつた。以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

民法七一五条は、他人を使用して利益をおさめる者はその使用する他人の不法行為につき自ら損害賠償の責任を負うべきであるという、いわゆる報償責任の原理にもとづいているものと解すべきである。その法意に照して考えると、そこで他人を使用するという意味は法律上の雇傭契約等にもとづく使用者、被使用者の関係が存する場合だけでなく、実質上これと同視できるような経済的、社会的関係が認められる場合をも含むものと解するのが相当である。それゆえ、本件におけるように元請 下請の関係が存し、右にいう程度の関係が認められる場合は民法七一五条の類推適用により、元請負人は下請負人の不法行為につき損害賠償の責を負うものといわなければならない。そして、下請が本件におけるように三重に重なつている場合においては、その中間にある下請負人と不法行為をなした下請負人との間に前同様の関係が認められるときはその中間者たる下請負人も民法七一五条の類推適用により損害賠償の責任を負い、その債務は右元請負人の損害賠償債務と不真正連帯の関係にあるものと解すべきである

このような見地から前記認定の事実にもとづき考えると、元請負人である被告愛工社はその請負つた工事全般に亘つてその工程を管理し、工事の進抄状況を毎日把握し、必要に応じて下請負人に対し工程、安全に関する指示を与え外観上も自己の名を入れた標識を設置し、再下請に際しては承諾を要求するなど、相当の程度に工事に対し介入してこれを統括しているのであり、下請負人に対し直接間接に指揮監督をしていたものというべきであつて、被告愛工社は下請負人である被告本間の使用者と同視しうる関係にあるというべきである。また、被告吉原は被告本間に直接下請けさせ、現場を見まわり、工事、安全等の注意、助言を与え被告本間やその使用人はこれに従つていたものであるから、被告吉原も被告本間の使用者と同視しうる関係にあるというべきである。

被告愛工社は、被告吉原が被告本間に下請させるにつき被告愛工社の指示に反して承諾を得ていなかつたものであり、かつ被告本間が施工していた本件事故現場における道路拡幅工事は被告愛工社の予定する工事の範囲外にある旨主張するけれどもそれは被告愛工社と被告吉原ないし訴外針生との間の関係の問題にとどまり、訴外政勝に対する関係では考慮すべき事情とはいえない しかも、右の予定外という道路拡幅工事も、被告吉原が訴外針生を通じて被告愛工社の請負つた送電架設用鉄塔建設工事のために施行したものであり、被告愛工社の主観的判断はともあれ、客観的にみれば無縁、不必要の工事ではなかつたのであるから、被告愛工社とその各下請との関係が前記のとおり認められる場合においては右事情のみのゆえに被告愛工社が責任を免れることはできないものというべきである。以上の次第で被告愛工社も同吉原も下請負人本間の不法行為につき民法七一五条の責任を負うものというべきである。

四損害について

(一)  訴外政勝の損害

逸失利益 金六九四万一、一九四円

〈証拠〉によると、訴外政勝は本件事故当時満二四才で、家業の農業に従事するかたわら人夫、バックホー運転手等をして稼働していたこと、本件事故時に日給金二、〇〇〇円をえ、健康体で殆んど毎日働いていたことが認められる。

右事実にもとづき訴外政勝の本件事故当時の収入を算定すると、毎月二五日稼働し日給金二、〇〇〇円とした場合の年収は金六〇万円となる。また右バックホー運転による収入は不定期であるので、別の見地から推計すると、本件事故日の前年である昭和四四年度賃金センサス全産業全男子労働者平均給与額で二三才の学歴計の数字(公知の事実である)によると年収金五七万八、六〇〇円となり、また成立に争いのない甲第七号証によると同年賃金センサス企業規模一〇人ないし九九人の企業で男子労働者二三才の学歴計の数字によると年収金五四万二、九〇〇円となる。

以上の事実にもとづいて考えると訴外政勝は本件事故当時少なくとも年収金五四万二、九〇〇円を得ていたものと認めることができる。そして弁論の全趣旨によると同訴外人の可働年数は三九年であると認められ、またその生活費は多くとも四割であると認めることができるので、これらの事実にもとづいて計算すると別紙計算表記載のとおりとなる。

(二)  原告藤吉の損害

1  葬儀費用 金三〇万円

〈証拠〉によると原告藤吉は訴外政勝の父であるところ、その死亡による葬儀費用として少なくとも金三〇万円を支出したことが認められる。

2  慰謝料 金二〇〇万円

〈証拠〉によると、原告藤吉と同ミヨは訴外政勝の父母であり、その間に子供三人いて、訴外政勝は三人目の子であるが、第一子は嫁にやり、第二子は養子にやつて訴外政勝が経済的にも精神的にも原告らの支えとなつていたこと、原告らは訴外政勝の将来に期待を抱き、その成長を喜んでおり、同訴外人に老後の世話も期待して暮していたのに、本件事故により一朝にしてその子を失ないその精神的損害は大きく、これを慰謝するには少なくとも金二〇〇万円を要することが認められる。

(三)  原告ミヨの損害

慰謝料 金二〇〇万円

右認定事実によると訴外政勝の母原告ミヨは原告藤吉と同額の慰謝料をもつて相当とする。

(四)  権利承継

右認定のとおり原告らは訴外政勝の父母でありかつ原告藤吉本人尋問の結果によると訴外政勝には妻子がなかつたことが認められるので、結局、原告ら両名が訴外政勝の損害賠償債権を二分の一宛相続により承継したものというべきである。それゆえ、原告らは各々金三四七万〇、五九七円の損害賠償債権を承継したこととなる。

五損益相殺について

〈証拠〉によると原告藤吉は訴外政勝の死亡により労働者災害補償保険から年額金一九万九、七二八円の支給を受けることとなつたこと、原告藤吉は明治四二年一〇月一日生で、本件口頭弁論終結日昭和四九年九月二四日の時点では満六四才であることが認められる。それゆえ原告藤吉は将来少なくとも一三年の余命を有しうるものというべきである。その期間同原告が受給するであろう年金をホフマン方式により現在値になおせば金一九六万一、五二九円となる。それゆえこれを原告藤吉の財産損、すなわち葬祭料、相続分、弁護士費用の合計金額金四〇七万〇、五九七円から差引くと金二一〇万九、〇六八円となる。

六弁護士費用について

弁論の全趣旨によると、原告らは本件事故につき訴提起を余儀なくされ、弁護士に依頼して訴訟追行せざるをえなくなり、その費用は合計して少なくとも三〇万円を下らないものと認められること、そして原告藤吉が世帯主としてこれを全額負担するものと認められる。

七過失相殺について

前記認定のとおり訴外政勝には本件事故につき、バックホーの運転操作に過失が認められ、これを考慮すると訴外政勝に六五パーセントの過失があつたものというべきである。そして以上の損害の合計は原告藤吉が金四一〇万九、〇六八円、同ミヨが金五四七万〇、五九七円となるので、これに右訴外政勝の過失を斟酌すれば原告藤吉が金一四三万八、一七四円、同ミヨが金一九一万四、七〇九円となる。

八弁済について

被告本間が見舞金として原告等に対し金一〇万円を支払つたことは当事者間に争いがなく、その余の弁済の抗弁を証するに足りる証拠がない。前記認定のとおり原告藤吉が世帯主であるので、右金一〇万円は同原告の損害額から差し引くこととする。その結果原告藤吉の最終的債権額は金一三三万八、一七四円となる。

九以上の理由により被告らは各自原告藤吉に対し金一三三万八、一七四円、同ミヨに対し金一九一万四、七〇九円およびこれらに対する不法行為の日の翌日である昭和四五年七月一六日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものというべきである。それゆえ、原告らの本訴請求は右の限度で理由がありその余は理由がなく棄却さるべきである。よつて訴訟費用につき民訴法九二条但書、仮執行宣言につき同法一九六条を適用し主文のとおり判決する。 (東孝行)

〈計算式―略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例